近年、産業用ロボットは、技術の発展、導入コストの低下、法整備の改定などにより生産現場への導入が急速に進んでいます。特にここ数年、ロボットの出荷台数の伸びは著しく、稼働台数が増えるにつれて、事故件数の増加も懸念されています。産業用ロボットを安全に運用するためには、産業用ロボットそのものや、その取り扱い方法、メンテナンスに関する知識や技術が必要なことから、「産業用ロボットの特別教育」の受講が必要とされています。
そこで、この記事では、産業用ロボットの特別教育の実施内容や費用相場、実際に受講できる場所について具体的に解説します。
産業用ロボットの特別教育とは?
産業用ロボット特別教育とは、産業用ロボットの運用に関わる作業を行うために受講が必要な教育のことです。事業主に対して、当該業務に関わる従業員には特別教育を受講させることが法令(労働安全衛生法)で義務付けられています。
自動車免許の取得時に教習所へ通うように、産業用ロボットも使用する前に「学科」と「実技」に関する「特別教育」を受ける必要があるということです。
産業用ロボットの取り扱いには特別教育が必要
産業用ロボットの導入により、生産工程の省人化・省力化、人為的ミスの防止など多くのメリットがもたらされる反面、人命に関わる重大事故に発展する可能性があるため、正しい知識と技術を習得した上で取り扱う必要があります。過去には、重量のあるマニピュレータ(人間の「腕」に当たる部分)と人が接触し、死亡事故に至った事例もあります。
そのため、産業用ロボットの取り扱いにあたっては、安全に作業を行うための「特別教育」を受けることが法律で義務付けられています。
労働安全衛生法
事業者は産業用ロボットに関わるすべての従業員に対し、特別教育を受講させなければいけません。これは法令(労働安全衛生法)で明確に定められています。
以下、『労働安全衛生法第59条3項』の抜粋です。
事業者は、危険又は有害な業務で、厚生労働省令で定めるものに労働者をつかせるときは、厚生労働省令で定めるところにより、当該業務に関する安全又は衛生のための特別の教育を行なわなければならない。
特別教育を受講しなければいけない対象者について
特別教育で必要とされる教育内容は、『労働安全衛生規則第35条』において、機械の危険性や安全装置、作業手順・点検など、大きく8つの項目が定められています。(参考:厚生労働省「労働安全衛生関係の免許・資格・技能講習・特別教育など」)
そのうち産業用ロボットの取り扱い業務に関連する特別教育については、同36条で記載されており、『安全衛生特別教育規程』によって以下のような作業に従事する人の受講が定められています。
産業用ロボットの教示(ティーチング)等の業務
産業用ロボットの教示等の業務とは、産業用ロボットに動作のプログラミングやカスタマイズを行い、適切な処理を教えていく「ティーチング作業」を指します。具体的には、マニピュレータの動作の順序、位置や速度の設定、変更、確認などの作業が該当します。
作業は産業用ロボットに近づいて可動範囲内で行うケースが多く、ロボットと作業員との接触事故が起こりやすい場面のため、産業用ロボットの可動範囲内で作業を行う人のほか、可動範囲外で可動範囲内の作業者と協力して作業に当たる人も対象となります。
参考:安全衛生特別教育規程(産業用ロボットの検査等の業務に係る特別教育)
産業用ロボットの検査等の業務
産業用ロボットの検査等の業務とは、産業用ロボットの検査や修理、調整とこれらの作業の結果の確認業務を含めたメンテナンス作業を指します。検査を行う際は、産業用ロボットを停止して行うことが、安全衛生規則第150条にて原則とされています。
しかし状況によっては稼働したまま検査することもあるため、産業用ロボットの可動範囲内で作業を行う人以外にも、可動範囲外において可動範囲内の作業者と協力して作業する人も対象となります。
参考:安全衛生特別教育規程(産業用ロボットの検査等の業務に係る特別教育)
出力80W未満の産業用ロボットの場合
産業用ロボットに関わる作業には特別教育の受講が必要ですが、「協働ロボット」と呼ばれる出力80W未満の産業用ロボットは対象外です。
従来、産業用ロボットと人が同じ現場で作業を行う場合、安全柵などを設けて作業場所を分離する必要がありました。(労働安全衛生規則第150条の4)
一方、協働ロボットは人と同じ環境で作業をすることを目的として低出力で開発されており、万一、作業者と接触した際にもリスクが押さえられるよう、緩衝材や自動停止プログラムなど安全面に配慮された設計・製造となっているため、安全柵が不要で設置場所を選ばず、作業員と一緒に作業を行えます。平成25年12月24日付基発1224第2号通達により、リスクアセスメントによってロボットと人との接触による危険がないと判断された場合は、同一現場で協働することが認められています。
参考:産業用ロボットに係る労働安全衛生規則第150条の4の施行通達の一部改正について
産業用ロボットの特別教育の実施内容について
産業用ロボットの教示等の業務と産業用ロボットの検査等の業務のいずれの特別教育も、安全衛生特別教育規程や労働省告示第49号で、科目や時間数などの実施内容が規定されています。ここでは、特別教育の具体的な内容を紹介します。
産業用ロボットの教示等に係る特別教育:実施内容
産業用ロボットの教示等の業務の特別教育は、以下のように学科と実技の講習が行われます。
科目 | 範囲 | 講習時間 | |
---|---|---|---|
学科 | 産業用ロボットに関する知識 | ・産業用ロボットの種類 ・各部の機能 ・取り扱いの方法 |
2時間 |
産業用ロボットの教示等の作業に 関する知識 |
・教示等の作業の方法 ・教示等の作業の危険性 ・関連する機械等との連動の方法 |
4時間 | |
関係法令 | 法、令及び安衛則中の関係条項 | 1時間 | |
実技 | 産業用ロボットの操作の方法 | ― | 1時間 |
産業用ロボットの教示等の作業の方法 | ― | 2時間 |
作業用ロボットの教示等の作業は、作業用ロボットのすぐ近くで行うことが多く、接触事故が起こる危険があります。産業用ロボットの知識や操作の方法、教示に関する知識、作業方法を習得することで、安全な作業に必要なことを身につけられます。
産業用ロボットの検査等に係る特別教育:実施内容
産業用ロボットの検査等の業務の特別教育は、以下のように学科と実技の講習が行われます。
科目 | 範囲 | 講習時間 | |
---|---|---|---|
学科 | 産業用ロボットに関する知識 | ・産業用ロボットの種類 ・制御方式 ・駆動方式 ・各部の構造及び機能 ・取り扱いの方法 ・制御部品の種類及び特性 |
4時間 |
産業用ロボットの検査等の作業に 関する知識 |
・検査等の作業の方法 ・検査等の作業の危険性 ・関連する機械等との連動の方法 |
4時間 | |
関係法令 | 法、令及び安衛則中の関係条項 | 1時間 | |
実技 | 産業用ロボットの操作の方法 | ― | 1時間 |
産業用ロボットの検査等の作業の方法 | ― | 3時間 |
産業用ロボットの検査等の業務には、内部構造や部品の種類などに関する知識が必要になるため、教示等の業務よりも講習時間が長く設定されています。
産業用ロボットの特別教育が受けられる場所・費用について
産業用ロボット特別教育を受講できる場所は全国各地にあります。各都道府県の労働基準協会連合会や、JISHA(中央労働災害防止協会)のほか、導入する産業用ロボットのメーカーが主催する特別教育を受講する方法もあります。開催元によって講座内容が大きく変わることはありませんが、法律で定められた科目と所要時間を満たしているかどうかの確認が必要です。
また、規定人数が満員の場合や、規定人員未満で参加できない場合もあるため、複数の講座を検討し、開催日や募集人数、責任者の方は受講者全員の受講費用も確認しておくことが重要です。ここでは、産業用ロボットの特別講習を提供している主な受講場所(連合会・協会・ロボットメーカー)及びその費用についてご紹介します。
都道府県の労働基準協会連合会で受講する場合
全国に支部を持つ労働基準協会連合会では、各都道府県で産業用ロボットの特別教育を実施しています。都道府県によって内容は異なりますが、「産業用ロボットの教示・検査等の業務に関わる特別教育」として、教示等・検査等の業務の特別教育の「学科のみ」をまとめて行う場合が多いです。例として、埼玉労働基準協会連合会では「学科のみ」を受講できます。
埼玉労働基準協会連合会 講習会開催日程案内
ロボットメーカー等で「実技」を別途受講する必要がありますが、講義日数が1日で終わるため、時間の確保が難しい人などでも受講しやすくなっています。
JISHA(中央労働災害防止協会)で受講する場合
「安全第一」を推進しているJISHA(中央労働災害防止協会)では、「産業用ロボット特別教育インストラクターコース」として、教示・検査等の業務の特別教育の「学科」と「実技」を同時に受講することができます。
講義(3日)と実技(1日)の4日間にわたる日程となりますが、東京と大阪の2大都市で年間を通じて複数日程開催されていること、また産業用ロボットの関係法令から、基礎知識、その教示・検査等の作業に関する知識、作業方法の実技まで網羅的に習得することができるため、社員研修などで特別教育を本格的に受講されたい方にはオススメの受講場所となっています。(詳しくは、下記Web申し込み案内ページを参照)
中央労働災害防止協会 産業用ロボット特別教育インストラクターコース
産業用ロボットメーカーで受講する場合
産業用ロボットメーカーが実施する特別教育は、メーカーによって対象者や設定しているコース、費用などに違いがあります。
以下、主なロボットメーカー4社の特別教育の講座をご紹介します。
産業用ロボットメーカー:カワサキロボティクス
カワサキロボットスクールは、川崎重工が運営する産業用ロボットの特別教育スクールで、兵庫県、愛知県、栃木県の3カ所で開催されています。受講対象者は川崎重工のお客様に限定され、各クラスはハンドリング、ピッキング、塗装、スポット溶接、アーク溶接、duAro(人共存)の用途ごとに分かれています。クラスは1つあたり4~8人の少人数制で、教示と検査の2つのコースがあり、理解度に応じてクラスを分けることもあります。
講習の内容は、受講者の要望に応じて調整され、柔軟に対応することが可能です。また、業務で使用するロボットに近い機種を使用しており、より実践的な教育が受けられます。なお、公式サイトにて「カワサキロボットスクールの受講対象者は川崎重工のお客様に限定されています。」と注意書きがある通り、一般の方は受講できませんのでご注意ください。詳しくは公式サイトをご確認ください。
カワサキロボットスクール
産業用ロボットメーカー:デンソー
デンソーの「特別教育(教示)コース(WEB版)」は、関係法令や産業用ロボットに関する知識、そして産業用ロボットの教示等の作業に必要な知識についてWeb上で視聴して学ぶことができます。ただし、このコースは「教示等の作業」の学科に特化しており、「検査等の作業」には対応していません。また、受講に必要な資料として、中央労働災害防止協会から発行されたテキストが必要です。なお、受講料は無料ですが、デンソーのロボットスクール基本コースを受講済みであることが受講の条件となりますのでご注意ください。詳しくは公式サイトをご確認ください。
デンソー ロボットスクール
産業用ロボットメーカー:ファナック
ファナックの研修コースでは、産業用ロボットの教示や検査等の業務に必要な特別教育を受けることができます。ロボット教示・操作基本コースは、産業用ロボットの教示や操作からプログラミング方法、日常点検などを習得することができ、4日間の講習で受講費用は11万円です。
ロボットの種類や目的に応じた研修コースが多数用意されているため、必要な研修コースを選択することができます。詳しくは公式サイトをご確認ください。
ファナック 研修のご案内
産業用ロボットメーカー:安川電機
安川電機は自社で開発した産業用ロボットの利用者向けに特別教育を提供しています。この特別教育には、教示コースと検査コースの2種類があり、関東や関西、中部、九州など、5箇所で開催されています。
教示コースは2日間、検査コースも2日間の講習を受けることができます。教示コースの受講費用は4万円、検査コースの受講費用は5万円です。詳しくは公式サイトをご確認ください。
安川電機 ロボットスクール
特別教育修了者におすすめの「ロボット・セーフティアセッサ資格」
産業用ロボットをより安全に運用するために、特別教育を受けた従業員には「ロボット・セーフティアセッサ資格」も取得することが推奨されています。この資格は、機械安全に関する知識や、ロボット特有のリスクアセスメントやリスク低減に関する知識と能力を保有する人に与えられる資格です。監督者がこの資格を持っていると、従業員に対してより安全に産業用ロボットを運用する指導を行うことができるとされています。
ただし、この資格単体では産業用ロボットの作業を行うことはできず、特別教育を受講した人が、より安全に産業用ロボットを取り扱うために取得するものであることが強調されています。
作業員の教育コストも考慮した上で導入の検討を
産業用ロボットを導入する場合の注意点を3つにまとめると、以下の通りです。
①特別教育の必要性:産業用ロボットの導入にあたっては、産業用ロボットを扱うすべての作業員に特別教育の資格取得が義務付けられており、導入前にその教育コストも含めて考慮する必要があります。
②実務レベルの作業へのスケジューリング:特別教育を修了しても、実務レベルの作業を行えるわけではないため、検討段階からそのスケジューリングを行うことが重要となります。
③リスクの把握と理解:ロボット導入に伴うコストだけでなく、すべての規定を正しく理解することが大切であり、投資に見合う価値を見出すことができなければ、経営に大きな負担をかける可能性があります。事前にリスクを把握し、シュミレーションと検討を重ね、しっかりと準備を行うことが必要です。
産業用ロボットの導入でお困りでしたら、ぜひ一度、アルフィスまでお問い合わせください。